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(2008/10/06) RSSの自動読込が変だったので修正。
(2008/09/17) 小説『DEATH NOTE』は連載開始時期になったら、記事復活の予定。早ければ年内、遅ければ年明けくらいに、もしくは夏がまた訪れる頃には。
(2008/08/05) 百物語をサブカテゴリ化、記事タイトルを変更。
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2010年04月11日

『ROOM 13』:“登場人物は男と女の2人”、“ホテルの13号室を舞台にした密室劇”、“必ずどちらかが死ぬ”、の3つをルールに13人のフランス若手映像作家が知恵の限りを尽くしたサスペンスドラマ集。


女は何度も13号室のドアまで行っては鍵をかけなおし、きちんと鍵がかかっているか確かめるためドアを引いた。かなり乱暴な扱いをされても、ドアは頑丈で開く気配もない。これなら誰も入ってこれない筈だ。思いっきりドアを蹴ってみたが、ハイヒールのかかとが折れただけだった。舌打ちしてハイヒールを両方とも脱ぎ捨てた。

女は血走った目をぎょろつかせながら部屋の中に戻り、静かに辺りを見回している。黙ってはいるが口はしっかりと閉まっておらず、醜く歪んでいる。しばらく肩で息をしつつ沈黙を保っていたが、こらえきれなくなったのか突然叫んだ。

「どこよ、どこに隠れたのよっ!」

そして耳を澄ますが、時折ホテルの外で車が走る音が微かに聞こえるだけで、辺りは静まりかえったままだった。しかし女は安心できない。そのまま黙って部屋の中でじっとし、耳に神経を集中させていた。

カタ、カタカタ……

目を見開いて金属音に目を向けると、女の右手の包丁が震えていてベッドに細かくぶつかっていただけだった。女は苦笑しつつも、このままだと包丁を落としそうだ、と思って一計を案じた。部屋の中を見渡すと、ちょうどガムテープが目にとまった。包丁をしっかり握りなおし、ガムテープを手の上から何重にも巻きつける。手の震えはまだおさまらないが、包丁を落とす心配は無くなった。

用が無くなったガムテープを置こうとして、ふと女は思いついた。左手でもっているバッグもガムテープで巻けば、より安全ではないか、と。大事なものが盗られる心配がなくなるだろう、と。自分のアイデアに満足すると、女はガムテープでバッグのふたを厳重に閉じ、左手でバッグを握る。しかしこれでも心配だ。そう思うとガムテープを口でくわえ、器用にバッグを握る左手に巻きつけ、余った部分は右手の包丁で切り落とした。

「絶対に……絶対に渡さないんだから……」

女はバッグを胸元に抱え込み、包丁と一体になった右手で包みこむ。

「なにさ、一度は親子ともども捨てておきながら、相続権があったと分かった瞬間に返せだなんて!」

辺りをみまわすと、視界の隅に人の姿があった。

「誰なのよ……そんな必死な顔をしてるからって、絶対に渡さないんだからっ!」

鏡に女自身が写っていたが、それが自分自身なのだとは認識できず、即座に包丁を叩きつけるようにぶつけていた。大きな音を立てて、鏡が割れた。

ホテルの床に散らばるのは、無数の鏡の破片。その中に写る無数の女の姿。そして無数の狂気。

鏡が無くなったのを見ると、女は安心したのかその場に崩れ落ちた。

「はっ、このくらいですぐに居なくなるなんて、そんなにこの子が大事じゃないんでしょ?」

女は愛おしそうに左手のバッグを抱き寄せ、頬ずりを始めた。

「絶対にこの子は渡さないんだから……私だけの、可愛い息子なんだから……」

母親は頬ずりを続けた。バッグの中に隠していた息子が、窒息してしまっている事など全く気付かないまま、いつまでも、いつまでも。

2009年05月06日

※百物語(072/100話)


子供のころにやった一番残酷なことは何か。子供のころはわんぱくだった知人が、神妙な顔つきで話し始めた。

「小さい時でありがちなのは、蛙のお尻に爆竹を突っ込むってヤツだろうと思うんだけど、俺の場合は少しだけ違ったんだ」

「爆竹じゃなくてダイナマイトを使ったとか?」

「いや、違うのは爆竹じゃなくて、蛙の方なんだ」

「まさか、犯罪っぽい代物じゃないよな? 子供ってことはアブノーマルなプレイとかするわけないし……」

余談だが、知人は知る人ぞ知るSM愛好家だ。子供の頃だけではなく、大人になってもわんぱくらしい。

「いやいや、俺だって子供の頃はそんな事しないって。ヒントは夏の生き物」

「蛙だって夏の生き物じゃないか。もう少しヒントはないか?」

「そうだなぁ、これ言ったら正解すれすれなんだが、うるさい生き物かな」

「蛙だってうるさい生き物じゃないか。もう少しヒントはないか?」

「わざと言ってないか? 第三ヒントは、空を飛ぶ生き物」

「ああ、蝉か」

「そう、蝉のお尻に爆竹を突っ込んだんだ」

「それだけじゃ蛙と変わらないだろう」

「蛙と違って、蝉は空を飛ぶんだ……」

知人は過去の風景を思い出したのか、陰鬱な表情になって話し始めた。

「蝉がな、爆竹をつけたまま元気良く空を飛ぶんだ。俺がそれを見上げてたら、爆竹が当然爆発したよ。太陽を逆光にして、はじけ飛んだ蝉の残骸が顔にばらばら落ちてきた時、俺はこの世にはやってはいけない事が確かにあるんだ、と思い知らされたんだ」

「こういっちゃなんだが、情操教育にいいかもしれない」

「確かに効果はあると思う。まぁPTAに烈火のごとく反対されそうだから無理だろうけどな」

将来の犯罪を抑止するために、蝉の花火を打ち上げる。そういうのもありかもしれない。じゃあ、世界平和のために60億以上の蝉と花火、それだけあれば理想郷は訪れるだろうか。

いや、無理だ。蝉ではなく人間の花火が上がるような国だって世界には沢山あるのだ。所詮は平和ボケした国の人間の戯言だ。

それに、蝉の花火で犯罪抑止になればいいが、逆に眠っていた衝動が覚醒しないとも限らないだろう。現に今、目の前に度がすぎてしまっているSM愛好家が居るではないか。子供のころ大人しくなったのではなく、違う方向に嗜虐性を見出し、巧みに隠蔽するようになった人間が、目の前に居るではないか。

「ほら、約束の品だ」

私は知人にブランデーを渡した。琥珀色の液体の底に、よく見ると人の小指が沈んでいる小瓶を。知人にとっては、爆発でなく切断するのならやってもいい事なんだろう。そういう道徳心も分からなくはない。

2009年01月03日

※百物語(071/100話)


徹夜明けだから目が疲れているに違いない。最初にそれを見た時はそう思った。思い込もうとした。

満員電車の中、その男の周りだけ色彩がなくなっていた。色彩がなくなっているというよりも、何か黒いものがまとわりついているような感じだ。気のせいかと思ったが、なんだろうあの黒いのは、と思うと目が離せない。

早く家に帰って寝た方がいいな、と思って指で目を押さえ、再び目を開いたが黒いものは消えていない。なんだろうか、あれは。男の表情も健康的なものではなかった。世の中に絶望しているような、世の中に怒りを感じているような、そんな目つきと黒くまとわりつくものが合わさって、より一層凄みを感じる。

目を合わせづらくなって顔を背けていると、次の駅に止まった。私の職場までまだまだあるな、と思っていると視界の端を黒いものがよぎった。思わずそちらを目で追うと、あの男が駅に降りていくのが見えた。

何となくほっとして、何となく男が座っていた席を見ると、黒いものが席に残っていた。ぎょっとしてそちらを見ると、黒いものは席ではなく床からわいているようだ。床を見ると、何の変哲も無い紙袋が置いてある。さっきの男が忘れていったのだろうか。届けてあげようかと思ったが、すでに電車は出発してしまった。

これから会社だし、誰か暇な人が駅員に知らせてくれるだろう。そう思いつつ出勤した。それが良かったのかも知れない。会社で私を出迎えた受付の女の子がこう言ったのだ。

「部長が乗ってる路線で、爆発物が見つかったらしいです!」

まさかと思ってネットで調べてみると、私の乗っていた車両の可能性が高かった。まさか、いやまさか。

そしてしばらくたつと、今まで気が付いていなかったものに気づくようになってしまっていた。世の中あらゆるところに、あの黒いものは存在している。黒さにも段階があるようで、あの電車の時のような黒さにはいまだにお目にかかっていない。しかし街を歩いているとまれに黒いものに出会ってしまう。

それを抱えている人間の表情は、いつも暗く、憤っているように見える。何となく思った。あれは人の負の感情ではなかろうか、と。にこやかな笑顔の人間の周りには決して黒いものはまとわりついていなかったからだ。

最初は違和感があったが、いつしか私は黒いものに慣れてきていた。自ら危険な場所や人物に近寄らなければ、黒いものが見えることも少ないし、見えたところで直接実害は無いからだ。逆に黒いものが見えたら用心すればいい、くらいに思えてくるようになっていた。

そんなある日、会社の同僚達とゴルフに行くことになった。接待ゴルフというわけではないので気疲れはしない。たまの休日だ、リフレッシュしないと。

「ナーイスショット!」

雲ひとつ無い青空の下、皆が笑顔でスポーツを楽しんでいる。その笑顔に、あの黒いものがまとわりついている。笑顔なのに、黒いものがまとわりついている。目は笑っていて表情も明るいのに、どれもこれも黒い。あの箱の男くらい、ドス黒い。

そうか、皆そろって、他人の失敗を望んでいるんだろうな。思えば、他人が失敗するのを祈るしかない競技だしな。人知れずため息を付いた後、私は巧妙にショットを失敗する。

「ドンマーイ!」

明るい声と共に、皆の周りの黒さが少し薄らいだ。

2008年11月03日

たまの休日だから、と思い妻と二人で遠くの公園に出かけた。市内でも有数の大きな池がある公園で、多くの人々がジョギングをしたり、犬を連れて散歩をしたり、ほがらかな休日を過ごしている。そんな日常的な雰囲気の中、違和感を抱かせる風景があった。

クリックして別ウィンドゥで画像を表示

なぜ鴉が多く集まっていると、それだけで不気味に感じるのだろうか。そういった感覚的な疑問もさることながら、写真の右のやせ細った木にしか鴉がとまっておらず、左側に一羽だけ白い鳥がいるのも印象的だ。

何か禍々しいものでも生まれかねない。そんな印象を胸に秘めたまま背後を振り返り、そこに明るい日常が広がっているのを見て思った。

この世には明確な境界なぞ何処にも無い。あるとするならば我々の脳内で、あたかも境界があるように感じる、この感覚だけだ。

2007年09月18日

※百物語(059/100話)


「携帯がまた変なの。なんかこわいよ……」

この前の彼女から、また電話がかかってきた。前回は契約を終えた携帯が毎朝7時に鳴るので怖いと言ってきたが、今回はいったいどんな騒ぎだろうか。

「変なのは新しい携帯? それとも古い携帯?」

「古い方なんだけど。あ、ケーキ食べちゃって」

私は遠慮なくフォークを手にして、イチゴのショートケーキを口にしながら答えた。

「ああ、あのピンクの、この前騒いでたアレか。またアラームがおかしくなったとか?」

「アラームは鳴るんだけど……おかしいの」

「なにが?」

「あの時笑われてから、結局目覚まし代わりにあの携帯を使ってたの。毎朝7時に必ず鳴るから便利かな、って思って」

「良かったね」

「でもね、ある日鳴らなくなったの。充電は出来てたんだけど、なぜかアラームが鳴らなくなって。だから捨てちゃったの」

私が黙っていると、彼女は続けた。

「でもね……ちゃんとアラームは鳴ったの」

「捨てたはずなのに?」

「そう……捨てたはずなのに、気が付いたら部屋の中にあのピンクの携帯が置いてあって、朝7時にアラームが鳴るの……」

「気のせいじゃ?」

「私もそう思ったんだけど、気のせいじゃないの。何度捨てても、戻ってくるの。ビニールにくるんだりしても、元通り戻ってきてアラームが鳴るの」

「電池を取れば鳴らなくなるんじゃ?」

「私もそう思って、裏蓋を開けて充電池を取って、携帯と充電池を別に捨てたんだけど、充電池がセットされた状態で戻ってきちゃうの。そしてアラームが鳴るの……毎朝」

「それは……怖いね」

「あまりにも怖いから、知り合いの警察の人に見せてみたんだけど、指紋も何も出ないの。不自然なくらいキレイに拭き取ってあって、誰の仕業か分からないの」

「そうなんだ」

私がケーキを食べ終えたので、彼女が皿やフォークをしまい始めた。

「でもね、手がかりがあったの」

私が黙っていると、彼女は続けた。

「携帯の表面には指紋がなかったんだけど、裏蓋には指紋が残ってたの」

そう言われた瞬間、私は自分がさっきまで使っていたフォークを見た。すでに彼女はハンカチでフォークをくるむようにし、余分な指紋が付かないようにしていた。嗚呼。

「できれば、このまま騒ぎ立てたくないから……できれば、自分から言って欲しくて、それで終わりにしたいから……だから……」

彼女は悲しそうな瞳で私を見ている。私は彼女から視線をそらし、自分の手元を見た。そこには彼女とお揃いの、いや、お揃いだった、携帯がある。

「どうしてこんなことしたの、千尋ちゃん……?」

あの時二人で一緒に選んだ、ピンクの携帯。

なのにどうして捨てようとするの? 

私は怖い。こんなことも分かってくれない、彼女の鈍感さが。

気がつくと、いつのまにか無意識に手が伸びていた。彼女の目の前にある、まだ使われていないフォークへと。

2007年09月17日

※百物語(058/100話)


「携帯が変なの。なんかこわいよ……」

そういう電話が彼女からかかってきた。なんで怖い携帯から電話できるんだろうか、と不思議に思いつつも深刻な口調が気になって、深夜だったが私はすぐに彼女の元に駆けつけた。

「で、なにがこわいの?」

「最近、携帯を変えたんだけど、携帯が変なの」

「どう変なの?」

見る限り、真新しくて普通の携帯電話にしか見えない。

「あ、そっちじゃなくて、契約が終わった昔の携帯の方」

彼女が指差す方を見ると、少し古くなったピンク色の携帯が目に付いた。手にとって見たが、古いとはいえ特に変わっているようには見えない。

「もう契約してないから鳴らない筈なのに、電話がかかってくるの」

「そんなバカな」

「わたしもそう思ったんだけど、電話番号はこっちの新しいのが有効になってるから、絶対にかかってくるわけがないって言われちゃって……」

気になって私は古い携帯の履歴を見た。しかし随分前の履歴しか残っていない。

「最後にかかってきたのはいつ?」

「今朝7時くらいかな」

まさかと思って見直したが、履歴には今朝の日付など残っていない。

「じゃあ、その前にはいつかかってきた?」

「その前の日の、朝7時くらいかな」

え。それって、まさか。

「もしかして、毎朝7時くらいに電話がかかってくるとか?」

「え、なんで分かるの?」

私は無言で古い携帯のアラーム機能を確かめた。毎朝7時にセットされている。

「ひょっとしてさ、饅頭とか怖かったりする?」

「え、なんでお饅頭の話になるの? わたしはお饅頭より羊羹のほうが好きだけど」

私は怖い。彼女の鈍感さが。

2007年08月04日

※百物語(018/100話)


徹夜明けだから目が疲れているに違いない。最初にそれを見た時はそう思った。思い込もうとした。

雑踏の中、その男だけ色彩がなくなっていた。周りの人間はカラフルなのに、彼だけがモノクロに見える。早く家に帰って寝た方がいいな、と思って指で目を押さえた矢先、大きな音がした。驚いてそちらを見ると、トラックが建物に突っ込んできていた。まさかと思って見てみると、トラックの影からさきほどの男の手だけが出ていた。モノクロな手だけが。

気味が悪いとは思ったものの、これは悪い夢だと思ってその日はすぐに寝た。そしてそれを忘れかけた頃、会社でモノクロになっている人間を見てしまい、あれは夢ではなかったのだと思い知らされた。彼はいわゆる窓際族で、高年齢で、未婚で、いつも無表情でつまらなそうな顔をしている。あまりにも存在感がないので、名前を咄嗟に思い出せないくらいだ。

いよいよ病院に行くべきだろうか。眼科、いや脳外科か、いやいや精神科がいいかもしれない。そう思った矢先、窓際さんは席を立って部屋を出て行った。それがあまりにも普通のそぶりだったので、まさかその直後にビルの屋上から飛び降りるとは思っても見なかった。もしやと思って現場を見てみると、青いビニールの下から少しだけ見えていた足はモノクロだった。

認めたくないが、私は死が迫っている人間がモノクロに見える、という能力を身につけてしまったらしい。最初は何かに利用できないかと考えたが、結局は迷惑な代物でしかなかった。なぜなら死が迫っていると分かったとしても、それを回避する方法も分からなければ意味がないからだ。そういうわけで、世間では意外と死期が迫っている人間が多いな、という結論を得た以外に生活には変化が無かった。あの日までは。

ある日、鏡を見ると目の前の人物がモノクロに見えていた。言うまでもなく、それは私だった。私自身がモノクロに見えている。即座に私は会社に有給を使う旨を伝えると、鍵を閉めて家に篭った。下手に外出すると事故にあいかねない。暫くはこうして身の安全をはかりつつ、どうにか対処法が無いか真剣に調べることにした。

調べる、調べる、調べる。しかし人物がモノクロに見えるなんてことがネット上に掲載されているわけもなく、その対処も書かれているわけが無かった。洗面所から取り外して押入れにしまっていた鏡を取り出してみる。最初は衝動的に割ろうと思っていたが、何かの拍子に色彩が戻っているかもしれない、と思って別の場所に保管していたのだ。しかし今のところ無駄に終わっている。やはり私はモノクロに見えたままだった。

どうしよう。このままだと私はどうなってしまうのだろうか。ここままモノクロのままだと、おそらく死が待ち構えているに違いない。なんでモノクロに見えるんだ。モノクロでさえなければ……

そう思った瞬間、思いついた。押入れの中を見ると、油絵セットがまだ残っていた。すぐに飽きてしまったのが幸いだったか、チューブの中に様々な色彩の絵の具が残ったままだった。すぐさま私は裸になると、体中に絵の具を塗り始めた。蒸し暑い部屋の中、ひんやりとした感触が心地よい。

全身に絵の具を塗りこめ、私はおそるおそる鏡を見た。鏡の中の私はもうモノクロではない。アフリカの原住民のように、カラフルな色彩に身を包んでいる。よし、これでいい。これなら大丈夫だ。安心した途端、緊張感が途切れたのかすぐに睡魔が襲ってきた。私はそのまま安らかに目を閉じた。



数週間後。

マンションの持ち主から異臭がすると通報があり、かけつけた警察が見たものは、全身裸で絵の具まみれになって死んでいる男の姿だった。

「死因は皮膚呼吸が出来なくなった、ということでしょうか?」

「いや、そりゃ俗説だな。カエルじゃないんだし」

「じゃあどうして?」

「まぁ、絵の具の毒作用か、発汗作用が出来なくなったからだろうな」

「あれ、今日は青色のビニールじゃないんですか」

「ちょっときらしてたんでな」

そう言いながら、係の人間が男に灰色のビニールをかけた。その脇には、絵の具だらけになった鏡が転がっていた。

2007年08月02日

※百物語(011/100話)


彼女と出会ったのは、とあるネット上のサークルがきっかけだった。浮世離れしていて丁寧な言葉使いをしていたが、実際に会うまでは女性だと思ってなかったので普通に驚いた。まぁ、そういう女性的な話題が出る場でなかったので、分からなくても無理はなかったのかもしれないが。

実際に話してみると、ネット上の文章が作り物ではなく、彼女自身のそのままの言葉が文字として紡がれているのだと分かった。ネットそのままの非現実的な雰囲気が気になって、どういう生活をしているのかと聞いてみると、両親の遺産で一生遊んで暮らせるので気ままに生きていると教えてくれた。

お金だけあっても、満たされないですよ。

金持ちならではの傲慢なセリフに聞こえそうだが、その言葉の響きには切実なものがあったし、表情は全く笑っていなかった。私もその意見には賛成だ。本当に欲しいものはなかなか手に入らない。だから私たちはこのサークルに入って、自分の歪んだ渇きを少しでも潤せないかとネット上で愚痴る。そうする他に術が無いから。

やっぱり、若いうちがいいですよ。

願いごとの話をすると、決まって彼女はこう言ったものだ。年老いてから自殺するなんて、もってのほか。首吊りが好みなんだけど、安らかに横になっているのも捨てがたい。どちらかを選びたいんだけど、未だに決めきれない。

そんなとりとめのない話をしていたが、しばらく彼女と連絡が取れなくなった。遂に彼女はどちらかの手段を選んだのだろうかと思い始めた頃、メールが届いた。そこにはとある山奥の住所が記載されていて、最後にはこう書かれていた。

願い事がかなうと思いますよ。

意味は分からなかったが、言いようの無い期待に突き動かされ、私は平日にもかかわらず即座にその場所へ出かけた。タクシーを乗り継いで、その館の目の前に着くと、建物の中からモーターのような音が聞こえてきた。大きな扉は鍵もかかっておらず、私はなんなく中に入り、音がする地下室へと降りていった。

丸い部屋の中央で、黒いビニールにくるまれた物体が回っていた。黒くなければ、それは巨大なボーリングのピンのように見えなくもなかった。首のような部分にはロープが巻きつけられていて、凄い勢いで回転しているせいで、遠心力により向きが水平に保たれている。

黒いビニールで中が見れないが、私は確信していた。あれは、首吊りをしながら、水平に横たわる彼女だ。なるほど、彼女の願いは同時にかなった事になる。

その事実に安堵した瞬間、もう一つの事実に気づいてしまった。私の願いはかなっていない。彼女と明確な約束をしたわけでもない。だが、二人で願いをかなえたい、そう思う気持ちは以心伝心だったのではないか、と夢見ていたのに。あれは私の勘違いだったのだろうか。

私の願い。彼女の願いに比べると実に下卑ていて言いにくかったが、結局は正直に言ってしまっていた。あまりにもひどいので、彼女にしか言っていなかった。

女性に蹴られて死にたい。

言葉を選ばなければ、私はマゾだ。それも重症の。たまに行き過ぎたプレイのせいで病院にいった時は「大丈夫、医者には守秘義務があるから」と言われるくらいの。そんな私なりに色々試してきたが、結局はシンプルな願いに至ってしまった。それを一度でも意識してしまうと、その妄想の虜になってしまい、逃れることは出来そうに無かった。

彼女の足は細く、力も無さそうだった。念のためにと聞いてみたが、スポーツなどの経験もないので、彼女によって私の望みが適うことは難しいだろうと思い知らされただけだった。あなたの願いをかなえるために体を鍛えるのも面白いかもしれないけれど、と彼女は言っていたが、あの笑顔からすると完全に冗談だった。今思えば、彼女の笑顔を見たのはあれが最初で最後だ。

記憶の中の彼女を思い出しつつ、目の前の回転し続ける彼女を見ていた。こうしてみていると、まるで巨大な扇風機のようだ。そこに指を突っ込めばただじゃ済みそうに無い。そう思った瞬間、私はやっと彼女の心遣いに気づいた。

今まで私は彼女にプレイを要求したことはないばかりか、手を握ったことすらなかった。そんな私が、はじめて彼女に触れる日がやってきたのだ。私は彼女に向かい、足を踏み出した。そこに鏡は無かったが、確信している。私は今までの人生の中で、もっとも歓喜に満ちた表情をしていたいに違いない。

私たちの三つ目の願いは、もうすぐ、叶う。

2007年07月30日

※百物語(003/100話)


夏が始まった。いつになったらこの暑さは終わるんだろうか。

蒸し暑く寝付けない夜が続いていたが、最近は寝付けないほうがいいようにさえ思えてきた。毎日、嫌な夢を見るようになったからだ。

私は井戸の底に居る。生き埋めにされているのか、首から下が全く動かせず、顔はずっと上を向いたまま、下を見ることも出来ない。

こうして見上げていると、はるか上に小さな白い丸、おそらくは井戸の入り口と思われるものが見える。あまりに距離がありすぎるのか、そこに空があるのかも分からないし、そもそもこの井戸と思われるものが屋外にあるのかすら分からない。

すると、人影らしきものが見えた。影になっていて、距離もあるため、その表情は全く分からない。しばらくこちらを見下ろしていると、片手を持ち上げて、手のひらを開いた。

落ちてくる。

何かが落ちてくる。

何が落ちてくるのだろうか。

いつもそこで目が覚める。かなり気味が悪いのだが、いつしか眠ってしまうとこの夢を見てしまう。そしていつも何かが落ちてくるところで目が覚める。この夏はこの繰り返しだった。

そうして今夜も同じ夢を見てしまっている。あまりに何度も見てきたせいか、最近は不気味さも消えうせてきて、ああまたか、と達観した思いで落ちてくる何かを見ていた。どうせまた、ここで目が覚める。

なぜ気づかなかったんだろう。毎日同じ夢を見ているとばかり思っていたが、毎日少しずつ様子が変わってきている。最初は黒い点のように思えていた何かは、今日は黒豆くらいの大きさくらいだ。そうか、夢を見るたびに、少しずつあれは私に近づいてきている。

いったい何が落ちてきているのか。そして私の上に落ちてきてしまうとどうなってしまうのか。たかが夢、されど夢。見たいような、見たくないような。確かめたいような、確かめない方がいいような。そんな相反する思いのまま、結局は睡魔に勝てずにまどろむ私の目前に、あれは迫りつつあった。

そして夏が終わろうとしているある夜、黒い点はピンポン玉くらいになり、その輪郭くらいははっきり分かるようになってきた。見ないほうがいいかもしれないとは思ったが、夢だからなのか目を閉じることも目を逸らすことも出来ない。それに見たいという気持ちが無いと言えば嘘になる。私は目を凝らしてそれが何なのか確かめてみた。

最初はピンポン玉かと思った。だがその白い玉の中央には黒い丸があった。そうだ、これは眼球だ。

まさか。

夢の中で生き埋めになってるはずの腕はすんなりと動き、私は自分の瞼に手を当てていた。そしてその瞼の不自然な空洞に気づいてしまった瞬間、私は二度と夢を見ることは無くなった。そして光を見ることも。

夏が終わらない。いつになったらこの暑さは終わるんだろうか。

2006年08月07日

「ふにゃーおぅ」

携帯からなまいきそうな猫の声が聞こえる。妻の実家のチンチラを携帯動画にしてとりこんでいるので、暇な時はいつでもこうしてその姿を見れるわけだ。こうして動いている姿を見ていると、まるで信じられない。

ついこの間、死んでしまったということが。

表サイト上ではまだ書いていないが、6月4日に肝不全で天国へと旅立っていった。認めたくは無いが、事実だ。妻にサイトで書いておかなくてもいいのかときいてみたが、自分で書きたいと思ったら自分のサイトに書くから、と言われたので私はそしらぬ顔をしている。

遠く離れた妻の実家の猫だったので、毎日顔をあわせるということもなく、実質的には携帯の動画でしか姿を見ていなかったからだろうか、まるで実感がわかない。動画を見ていると今でもなまいきな声でないてそうな気さえする。実際に何回か会った私でさえこうなのだから、サイトの読者の方々にとっては全く実感がわかないだろうし、告知さえしていないので死んだという事実さえ分からない。

そう、黙っていれば、死は知られない。

それはあたかもシュレディンガーの猫のごとく。

めんどくさがって写真をあまりアップしていなかったので、まだサイト上にアップしていない写真はまだまだ沢山ある。だから今後もそ知らぬ顔で写真をアップし、思い出を書き綴っていき、事実を書きさえしなければ、皆疑いもしないだろう……その死を。

ここまで考えていたら、携帯が鳴った。妻の声が聞こえた。

「ねえ、単身赴任、長いよね。たまには飛行機で帰ってきてよ」

「ああ、時間が取れたら必ず帰るさ」

携帯を置き、再びキーボードの前に向き直る。おや、何をしようとしていたんだっけ。最近は忘れっぽくっていけない。なんだったっけ、ああ、そうだった、サイトの日記で何を書こうかと思案していたんだった。

私のサイトでは妻に関する日記が好評らしいので、また妻のことを書いてみようか。本人は普通だと思っているようだがかなり天然な性格なので、事実を書くだけで起承転結が出来てしまう。ある意味、できた妻とも言えよう。

ここまで考えていたら、携帯が鳴った。妻の声が聞こえた。

「ねえ、単身赴任、長いよね。たまには飛行機で帰ってきてよ」

「ああ、時間が取れたら必ず帰るさ」

携帯を置き、再びキーボードの前に向き直る。おや、何をしようとしていたんだっけ。ああ、そうだった、サイトの日記で何を書こうかと思案していたんだった。コンビニばかりといった食生活がいけないんだろうか、短期記憶がすぐ消えてしまう傾向にあるようだ。ホームポジションに指を置いたとき、ふと思った。

何か大事なことを忘れていないだろうか。

しかし、考えても何を忘れているのかすら分からない。まぁそのうち思い出すだろう、と楽観的に考えて私はサイトで妻の話を書き綴り始めた。

そうしていると、また携帯がなった。しかし今は日記を書いている最中だし、まぁあとでもいいだろうと思いつつ作業を続ける。まだ書いてない妻の話題はまだまだある。なんてできた妻なんだろう、と思いながら少し微笑みつつ、私はキーボードを叩き続けた。
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